愉々しき雑録

愉な記憶を徒然な感じに残してゆこうかと

自分にとってのRX-7という存在を今 【最終回 ROTARYに馳せる編】

勢いで導入したGEMINI

 1年ちょっとでだいぶ乗れるようになっていた(と思う)
走る時間は主に深夜 仕事が終わって 溜め込んだストレスを
 どこかに置き去りにするため
  のような ドライブを週に数回といったペース

この頃 特に次の車を考えているようなことはなく
 GEMINIを完調に保つことが 愉しみの一環だった

今回 いささか 長い話となるだろう
 なぜなら FDの存在は 今の仕事を続ける意味を
  自分に植えつける 重要な起点になるものだから

これを読んでくれている方
 お付き合いいただければ幸いで
fd ハイウェイ

※文中の写真と本文は関係ありません

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ある日 職場でその事件は起こった

 このことからFDへの道が動きはじめることになるとは
  そのときには考える由もなく

2003年 当時の仕事(今もその延長にいる)
 それは 特別養護老人ホームでの介護職員
 
80歳をこえた ある認知症の男性入居者との出会い
 その彼をトイレにお連れしているときの会話からそれは始まることになる

彼は先の大戦時 航空機の部品を作っていた と
 入居前調査書に記してあった
  入居から自分が始めてのコンタクトをするまでに数ヶ月あったが
 その間 同僚から
 「あの人 戦時中に零戦の照準機を作っていたらしいよ」
 「機械に詳しいらしくて いろいろ説明されるんだけど 
   専門的なこといわれてもよくわかんないんだよね...」
などという情報を得ていた

特に女性職員には機械の話などしたところで
 共感してもらえることもなかったのだろうし
男性職員でも 
 車や飛行機に興味のないものにはまったく興味のもてない話

そんな事前情報をもっての 彼とのファーストコンタクトはトイレの中
 介助をしながらの会話だった

「零戦の部品作ってたんですって?」
 「あぁ よく知ってるな 誰かに聞いたのか?」
 こんな感じだったような記憶

認知症を患っている彼は こちらの質問と答えがずれることも多かったし
少し前に何をしていたか?を覚えていることもできなかった が
こと 昔の記憶である機械関係の話だけは 少々ちがっていた

航空機関係の部品を専門に作る会社だったのか?といった問いには
 車のエンジン部品を加工する小さな会社を経営していたが 
  戦時中は航空機の部品を作るようお国の命にしたがっていた こと 

車のエンジン部品とは?といったことを聞くと
  エンジンそのものを自社で作りたいと思っていたこと
  故本田宗一郎氏へのリスペクト?のこと 
 などを話してくれた
 
時代が錯誤しているような話もあったように記憶しているが
それはそれで聞いていて自分的には興味深い内容であり

 初めて聞く話に トイレでの語りに付き合っていたら ちょっと時間が長くなりすぎ 
先輩職員から「いつまでトイレ介助に時間かかってんだ!」と どやされことははっきり覚えている

「また話し聞かせてくださいね」
「おう いつでもいいぞ あんたは話がわかるのか ここの連中は誰もわかりゃしないからな」
と 彼の笑顔でそのときの話は終わった
 
 なんとも印象的な話
  こんな話を受け止めることができるのは
   ここの職員では自分だけなのだ
    という 彼にとっての小さな存在価値を感じられた瞬間だった 
  
それから数日後
 再び 彼と話す機会が
案の定 先日トイレでした話は 覚えていない彼
 
その日も初対面的に話を始めた
 そのときの会話は 

「昔 エンジン作ってたんですか?」
 「いや 作りたかったが それをする金がなかった」
「へぇ..何のエンジンを?」
 「車のエンジンだよ ロータリーエンジンを知ってるか?」
「マツダのロータリーエンジンのこと?」
 「ロータリーは東洋工業だろ あそこが西ドイツから持ってきたんだ」
「あぁ 確かに当時のマツダは東洋工業って名前でしたね」
 「東洋工業がヴァンケルエンジンの権利を買い取って開発はじめてな...
 俺に金があったら あのエンジンを作りたかった...
  不完全なエンジンでな あれをちゃんと完成させるのが夢だ」

おおよそ こんな話の流れだったはず
ところどころ過去と現在の混同もあるが そこは認知症ということで
※ここははっきり覚えているが 夢だ と話した。夢だったではない。
  その夢は いまだ彼の中の中で現在進行形であるのかもしれないと感じた一節である


『この人 なんかすごいこと話してる
 こんな話 興味ない人に話したってぜんぜんわからないわなぁ...
  てか そもそも ほんとか?この話... 認知症のせい? 作話?...』

と いささか聞いているこちらも混乱してくるような内容だが
 ところどころに出てくる専門的用語がリアル
認知症を患う彼から ヴァンケルエンジンというワードが出てくる脅威
これが どんなにすごいことか! やっぱり知らない人にはちんぷんかんぷんな話なのだろうし
 何の感動を覚えることもなかったのだろう

が 自分にはそんな与太話ともなんとつかない話がとても愉しく聞けた
興味のある分野の話であったことはもちろんだが
 彼が あまりにもいきいきと
  饒舌に昔を語る姿が魅力的で 話に華をそえていた 
 

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それからというもの 機会があるごとに彼とはメカニックな話をして

 そんな時間の中で 
  彼がロータリーエンジンに強い思い入れがあることを感じていった

 自分と話をすると 毎回同じところから話が始まるが
  その話を聞いているうちに
   彼の話すロータリーエンジンにまつわる話は 現実のことに思えてきてた

彼と盛り上がっている話を 同僚や先輩たちにしてみたが 
 やはり 残念なことに 
  全く興味を持てない?持とうとしない?人たちばかり
「そんな話聞いてる暇があるのか?」的な扱いだった
  
ある日 彼の息子家族が面会に来ているとき 彼とのやり取りの一部を話してみた

「お父さんはエンジニアだったんですよね?
 零戦の部品作っていたとか入居前面接記録で見ましたが
   ほかにどんな物作っていたとか聞いたことありますか?」
 「車のエンジン関係の部品を作っていたような話は聞いたことがありますよ
 私が小さいころの話ですから 詳しいことは覚えていませんけど」
「ロータリーエンジンの話は聞いたことありませんか?
 今 そんな話で盛り上がるんですが」
 「ロータリーエンジン?聞いたことがありませんね....」


自分の子供にも語ったことのない話なのか?はたまた全くの作話なのか?
 判断がつくような要素もなく しばらく 彼の話に付き合う日々が続いたが
  その真偽を疑うことは何の意味もないことだと感じていた
もしかしたらほかの人の話や体験を
 自身のことと錯覚しているのかもしれない とも思ったが...

何回 エンジンの話をきいただろう 彼は私の顔を覚えてくれていた
   そして 
 ある日 している会話の内容は大して違わないのだが
  これまでと違う反応をみることがあった

「ロータリーエンジンはマツダが量産化に成功して
 いまではRX-7というスポーツカーに搭載されて買うことができますよ」
 「ほんとうか 東洋工業は開発できなかったのか?
  なんてことだ 俺がやりたかったことを...
  その会社はどこにあるんだ?」
「マツダは旧社名 東洋工業ですよ
  コスモスポーツという車覚えてませんか?
   そのあとRXというシリーズに搭載され今も作られています」
 「そうか 開発は成功したんだな
  ちくしょう 俺がそれをしたかったんだ
   あのとき 金さえあったら....」

といって いつになく感情をあらわにした彼の目には
うっすらと涙が浮かんでいた
 
彼はマツダという会社も ロータリーエンジンが量産化されたことも
そのリアルな時代に生きている
 しかし 今の彼は その時間がすっぽり抜け落ち
  自分と話している今 若かりし日の思いと現在が混同しているのだろう

だいの大人が 自分の夢が潰えたことを悟り 涙する

 その姿は 自分には 衝撃的な瞬間 だった

「今度 RX-7(FD)のカタログをもらってきますよ
 自分も大好きな車です
  何度も買おうかと思ったけど 高くて....
  最新型のカタログもらってきますね 自分もほしいから 」

こんな話を彼が聞いていたかどうか?
 少しして なにか 放心している彼に
「またきますね」と 声をかけその場を離れた

こんなきっかけで FDのカタログをもらいに行くことになろうとは
 後日 さっそく マツダディーラーに出かけた
  シリーズも末期に近くなっていたFD
   販売台数も見込めない マニア向けといわれても仕方のない車種
  当然 実車の展示はなくカタログだけをもらうことになった
 営業マンに
 「いつごろのご購入を考えられているんですか?」
 などと聞かれ 適当にはぐらかして帰ってきた...

初めて見るFD3S Ⅵ型のカタログ
 乗ることなんてないだろうな...と半ばあきらめていた高嶺の花 
 当時 といってもカタログをもらいにいったときよりいささか前
  テレビで流れていたRX-7のCM(これはⅤ型が出たときのものかと思うが)

 『大人だって遊びがなくちゃ』 ってなんともステキな
  Stand by MeのBGMも自分的は極上のマッチングが印象的で
 やはり RX-7 特にFDには特別な気持ちがあったことは確かだった

彼のためにもらったカタログだったはずが 
 
   この時 わずかに 自分の心に火種を落とすことになっていた はず...

カタログを持って家にかえり きっと羨望のまなざしで眺めていたのだろう
不思議そうにそんな自分を眺めていた奥方が声をかけてきた

 「それ どうすんの?」
「いま仕事でかかわってる人がロータリーエンジン好きなんだよ
 だからカタログもらってきてみた」
 「あらまぁ ずいぶん都合のいいかたがいらっしゃるのね」

今思えば 奥方は見透かしていたのかもしれない
 この半年後 
  うちにFDが来ることになることを...


翌日 職場にカタログを持って行き 彼に渡した
 彼はしげしげとそのカタログを眺め

ページの中に載っていたエンジンの写真をさして
 「ずいぶん形がちがうな?これがロータリーエンジンなのか?
  この中に このローターが入っているのか?
   2ローターのようだが?」
「そう 2ローターですよ
 2ローターのシーケンシャルツインターボエンジン
 出力は280馬力です」
 「すごいな 触ってみたい」

彼の一言 
 これが琴線にふれた
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 マツダディーラーに勤務している友人が思い浮かぶ
  カタログをもらいにいったときは声をかけなかったが
  「触ってみたい」 と言われたらこれは相談するしかない

友人に連絡を取り 
 「車体からおろしてあるいらないロータリーエンジンどっかにない?ブローしててもいいよ 
  13Bじゃない古いエンジンでもいいんだけど」
  
 「何すんの?直すの?」
「ホームにいる男性なんだけど ロータリーエンジン触りたいんだって~~~斯く斯く云々」
 「ほんとかw 探してみるよ」
ということになった

その間 彼は 相変わらずカタログを眺める日々を送っていた

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数日後
 「○○営業所にFCから降ろした不動のが転がってるから ただでくれるってさ
  補機類ついてないって 13B単体 だけど 重いぞ 輸送どうする?
   いらなくなっても変なとこに捨てんなよ」
 と 念を押されながら

 「職場のリフト車かりてくよ」

ということで、仕事がはねたあと老人ホームの名前の入った車にのって 
20キロくらい離れたところにある営業所から
 FC型に搭載されていた13Bをいただいてきた

翌日 
 早速 彼に13Bをみせた
 
初めて見る?のではないかもしれないが
 現在の彼にとっては初見 という意識なはずの 13B型ロータリーエンジン
  補機類がないそれはシンプルにロータリーエンジンの形を成していた

それをみるなり
 「ヴァンケルとはちがうか?これはロータリーエンジンなのか?
   ハウジング形状のものがある レシプロとは構造が違うな」 と 
  
“本物だ この人” 
 時間的観念はおかしくなってはいるが 
  知識がなければ出ない単語
 
彼の生活の中に このエンジンとの時間を作ろう
 そう 決めて 彼の担当者でもなかった自分だが
 担当だった女性職員にあきれられながらも
  彼のケアプランにはエンジンいじりを加えることにした

同僚や上司からは “馬鹿なこと始めやがった”と思われていたのもわかっている
 そんなことしてる暇があるなら仕事しろ とか
  一人の人ばかりかまってるんじゃない とか 
 いろんな罵声があった
  それは 時に耳に入ってくるレベルでささやかれていたものだった
しかし そんなことは関係ない
 わかろうとしない人にこの話をしても何の意味もない
担当だった女性職員でさえ 「あなたが担当やれば?」的反応しかなかった
 自分の担当している方が エンジンを触っているとき どんな表情をしているのかも知らず

自分にしか引き出せない彼の愉しみ
だから 休み時間や 自分が仕事上がってからの時間を使って
  彼とのエンジンいじりの時間を紡いだ

彼に工具を渡すと 
 ボルトのサイズに合うソケットを探し 
 ラチェットを操り
堅くしまっているボルトは少し緩めておくと
 彼は黙々と部品を外してゆく

何日かかったか?正確には記憶できていないが、1ヶ月以上の時を要しただろう
できるだけ手伝わず
彼のやりたいように触ってもらった
時にボルト1本を外すのに
1時間くらいかかることもあり 
ローターハウジングを外し 
中からローターが出てきたときの彼の驚きとも歓喜ともとれた表情は
 今も鮮明に脳裏に焼きついている

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 そして そのローターは 彼の部屋に飾っておくことにした
  (これも興味ないものにとっては邪魔で危険な金属塊でしかなかったが)

その後も彼とのロータリーエンジンにかかわる時間は 充分なもではなかったが
 ケアプランの一部として細々と続けていた
 しかし そのかかわりの時間では 
  彼の認知症の進行を抑制できるほどの効果はなかった

やがて彼は 体調を崩したことをきっかけに入院した
一時は危ぶみがきこえることもあったが復調した
しかし 入院生活が1か月を超えたその手には
 もはやエンジンを触る力は残っていなかった
 ラチェットを握っていた手はやせ細り 
 軽くしまっているボルトですら外すことができない
だが 記憶にはロータリーエンジンのことが
 残っている片鱗を垣間見ることはできた

 「このエンジンは動くようになるのか?」
   と 彼は声をふりしぼるように自分に訊ねた
「このエンジンはダメですよ」
 「そうか このエンジンはどんな音がするんだろうな..」
「残念ですが」

そういって
「今日はもうやすみましょう」
と部屋へお連れした

 ロータリーエンジンに馳せる想い
  その鼓動を求める彼の若かりし日の記憶
彼の人生に残された時間は
 もうそう長くはないだろう
 今の自分にできること?
  自分にしかできないこと?
「実車持ってくるしかないな 
 だれか身近な友人でもローターリーエンジン搭載車を
       所有してくれれば簡単なのに...」

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マツダに勤める友人に電話をいれた

「だれかロータリー積んでる車持ってる人 紹介してくれないかな」
 「どうした? 前にエンジンもっていったじゃん」
「エンジン動いてるのが見たいらしいんだ」
 「そうか、あたってみるよ セブンも夏で生産中止だろうしね」

「え、生産中止決まったの?」
 「あぁ 近々 正式発表されるんじゃないか?」

そのとき 自分の中で なにかが動いた


FD買うか?

新車で手に入る最後のチャンス
 次期ロータリー搭載車 RX-8の話は出ているものの
  4ドアのノンターボ 
 なにより自分が憧れたRX-7の後継車ですらない

排ガス規制の関係で 
 ロータリー+ターボはFDが歴史上最後の生産車となる可能性すらある

自分のドライビングスキルでは
 間違いなく もてあますであろうSpecを備えた
   孤高のスポーツカー

ひるむ気持ちもあったが 気持ちを固めるのに時間はかからなかった
 決めるだけの材料 決断を促す想いをこれまで充分に高めていたから

しかし 唯一の心残りは ここまで手をかけてきたGEMINI
 そのマニア向けの車体は価値を見いだせない者にはただの中古車
まずは友人たちに受け継ぎ先を模索してみる

数日後 友人の一人が 継承してもいい 
 と返事をくれた

ここから 一気に話が動き出す

とりあえず マツダディーラーへ商談に
 この時すでに 最終限定車スピリットRの発売が
 半年後あたり予定されていることはわかっていた
これを待って という選択もあったが 最終限定車ということもあり値引きは期待できず
車両価格も400万位になるとの話が出てていた

価格の問題もあるが そもそもそんなに待てない というか時間がないかもしれない
 一番納車がはやい という条件も考えると
 カタログモデルであるTypeR Bathurstへ狙いを定めた

決算期だったこともあって初回の商談からなかなかの条件が提示される

次は奥方への相談
「RX-7買おうと思うんだけど....」
 「RX-7? 次はSuper SEVENじゃなかったの?本気?」
「う、うん 結構本気」
 「セブン違いの7だけど いい条件ならいいんじゃない 
  次行くときハンコもって目いっぱいやってもらえば」

ちょっと 意外な反応だった
 それまでの彼との話をちょこちょこしていたこともあって
  やはり こうなることを予見していたのか?
 おそるべき 奥方の洞察力

そして最終商談 納得の条件が出たので 判を押した
 納車は約1か月後

これなら 間に合うだろう 彼の時間に....

FDを契約したことを彼に告げた
しかし 彼はそれがどういうことなのか?
 理解できないようだった
 その枕元には ローターが飾ってあるのだが...

あっという間に時は経つ
 彼はその間 ローターへ手を伸ばすことも減り
 手元にあるボロけるほど眺めたRX-7のカタログも見ることはなくなっていた
自分との話も 盛り上がりを見せることはほとんどなくなり
 
 2002年 3月   
FDが納車された

納車の日 まず向かったのは職場
 今日から FDを駆ることになるにあたり
 自分の背中を押してくれた彼に見せるため
 彼との出会いがなければ この車に乗ることはなかっただろう

自分の中でくすぶっていた想いを払拭してくれた彼
 これを見たらどんな反応してくれるんだろうか?
喜んでくれるのか?それとも 何の反応もないのか?
期待と不安が入り混じりながら 
エントランスに 乗り付け待機した

しばらくして 同僚が車いすに乗った彼をつれて現れた

何が起こっているか?彼は状況が理解できていない様子
「この車 ロータリーエンジン 積んでますよ エンジン見てみますか?」
 
自分も初めてボンネットを開けてみる
 そこには 真っ新の走行距離数十キロというエンジンが収まっている
「これは なんだ?ずいぶんごちゃごちゃしているなぁ」
補機類がロータリーエンジン本体を覆っているエンジンルームをみて
 弱々しい声で彼がつぶやく
  その声には 数か月前 メカニックのことになると熱く語っていた力強い感じはもうない

「これが 現在量産されているロータリーエンジンですよ」
 「そうなのか」
「今 エンジン かけてみますね」

 新車のエンジンはセル一発で目を覚ます
  「これは レシプロの音ではないな」

この一言は これまで彼と過ごしてきた時間が
 悔いのないものであることを確信させるには充分
 ローンを組んでまで FDを手に入れたことへの最大の祝福だと思えた

「乗ってみますか?」
 「あぁ」

最近は自分で体を動かすことすら減ってしまっていた彼が
 FDの助手席へ彼を介助しようとすると 自分で動こうとする意識を
萎えてしまった筋肉に伝えようとしているのがわかった
 その身体の一部には関節の硬縮や変形も認められる状態
タイトなFDのキャビンへは介助で乗り込むことは容易ではない
 しかし それでも 自分で体を動かして乗り込もうとする

なんとか助手席にもぐりこむように着座したが
FDのタイトなキャビンは彼がくつろいで乗車することを許さない
しかし 何とか シートベルトを装着
 施設の周囲を数キロドライブし ローターリーの鼓動を体験してもらった
 
 それは彼にとってどういうことだったのだろうか?
  なにか 彼に与えられたものはあったのか?
 ドライブは終始無言 話しかけても反応はない
 乗車を終え 「どうでした?ロータリーは?」
 と 問うても 明確な返答はなく....

そんな様子から 彼の本当の思いを計り知ることはできない
しかし 乗車中の彼の様子 それは きっと愉しんでくれたものだ 
と 信じることにした

その日からも 彼の状態は快方へ向かうことなく
徐々に 人生の終着へ向かっていることは 客観的に感じられていた
  日に日に話をする内容も単語程度になってゆき
会話 という次元のコミュニケーションは失われた
 それと同時に 二人でいじっていたエンジンも放置され

 数ヵ月後 彼は天へ召された

今でもFDは自分と共にある
 彼のしてくれた話 結局は家族にその真偽について最終的な確認も取れず
  彼とともに それは自分の前から消えた 
 真偽はどうでもいい 
   その時
 自分はそれを信じ その時間を共有した事実 
 そして形として残ったFD 
  それは 自分でしかできなかった仕事への証
  それはアイデンティティでもあり 今の仕事を続ける意味を
   強烈に植えつけてくれたきっかけとなっている

 こんなことがなければ 今の仕事 
  何度 心折れることがあったことだろう

介護の仕事は大変だ
 身体的にも精神的にもきついことは往々にしてある
介護職員の離職率の高い理由はここにあるのは間違いないが
 自分を支えてくれる成功体験 職業としての誇りを与えてくれる出会いが
もてない いや 探せていないこともその原因のひとつではないだろうか
介護の仕事に限ったことではないが
 
やりがいは 与えられれるものではなく みつけだすこと
 それを まざまざと思い知らせれたエピソードとともに
RX-7 がある暮らしは今月15年目を迎える

これまでこのマシンがもつ走行性能を引き出しきって走れたことなどない
 自分にはそんなセンスはない
走行性能の向上を至上とし進化してきたRX-7
 今でも第一線級と呼んでも差し支えないであろうポテンシャルを持っており
 その生い立ちからすれば へたれなオーナーに所有されてるのは 
 申し訳なく思ったりもしている 
しかし 自分的に感じているそのデザインの秀逸さは 
 年を重ねてなお 色あせることはなく
  むしろ 今のほうが艶かしくさえ思える

こういったことのすべてが FDへの愛着を連綿としたものにしている

おととし 思うところがあって 一度 手放そうかと考えていた 
 が 家族会議でそれは却下された
家族にも ここまで細かい話はしたことはないのだが

FDを維持し続けること それは
 1分の1のプラモデル とか 
 乗らない車持ってる とか
 暴走?仕様 とか
  知らない人にしてみれば
  いわば ただの道楽 にしか見えないのだろう 
しかし
  うちのFDには Specや損得などだけではとうてい語れない
 自分にとっての存在価値がある

ということを 自分だけでなく 家族もわかっているということなのだ
こうして 理解に支えられている今 それにはあまえておくのも悪くない

いましばらく ダメな乗り手に付き合ってもらおう

いつまで乗り続けていられるのか?

それを深刻に考えること 
 今は 必要ない

気になる車があっても FDに乗れば
 その迷いは簡単に消える

FDをおりる日
 それは 自分の身体的な限界か と思っている
  実は最近 目がついていかない不安がありメガネを作った
 この次のステップが そのときになるのだろうな.....



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ずいぶん長々と書いてしまった
 いつかまとめようと思っていたFDにまつわる話
15年にして やっとまとめることができた
 
 最後までお付き合いいただいた方 ありがとうございます。

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MAZDAのオフィシャルサイト マツダ車のある風景展で3位入賞(今はなきサイト 第何回の受賞か忘れた)によりホームページからダウンロードできた壁紙 今でも愛用中

追記 GEMINIのその後
友人に受け継がれた車体はその後たしか7年間稼動していたはず
 最後は老朽化に耐えられなくなった部品の交換をしたくとも
 メーカーからもパーツ供給がない状態になり
 ボディの一部にも腐食がまわり
廃車にする前 友人から連絡をもらった
 「もう 維持するのも限界かな」
 「ありがとう 今まで大事にしてくれて」
  惜しまれながらも その現役生活に幕を閉じた




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 語りの記

6 Comments

うお  

全米が泣いた

あのFDにはそんなドラマがあったのですね。
記事を読んでいる途中、何度か目頭が熱くなりました。
お爺さんが「今」もロータリーエンジンに夢を追い続けている。
凄く素晴らしい人生だったと思います。
色々、コメント書きたい気持ちですが、うまい言葉が浮かびません。
が、とにかく感動しました。

2016/03/12 (Sat) 12:41 | REPLY |   

matt  

うおさん 励みになるコメントありがとう

ながながと書きなぐった文章でしたが
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

介護の仕事を語るとき この話たまにします
でも やっぱり あの時の想いを若い子に伝えるのは難しいみたいで(笑)

一度文章にしたためておこうと思ってました

2016/03/12 (Sat) 14:34 | REPLY |   

numassan  

Mattさん
GEMINIやFDにはそういう思いがこもっているのですね。いいお話しを聞かせていただき、ありがとうございました。
工学部の精密機械工学科を卒業しておきながら、私は超機械オンチなんです。っていうか、生理的に受け付けない程の重症。(笑)
さらに間違って工業デザイナーになってしまい、全く使い物にならないダメデザイナーなんです。
そういう屈折した生き方も一興かと思ってる今日この頃です。

R社に入社し、工業デザイナーとして最初に受けた衝撃は、スピニングリールの青焼き設計構想図でした。設計者は先の大戦で戦艦(武蔵だったか)の設計に携わった方で、もうおじいちゃんでした。
A2サイズくらいにビッシリと製図された機械要素、構想図面は美しく他社に無い完全水平糸巻きを可能にするトラバースギアを採用した遠投用スピニングリールの構想図だったんです。
実に美しい。
これが本物の設計者だと思いました。素晴らしい発想!
エンジニアにならなくて良かったと思いました。
出来上がった製品は大ヒット。
私たちは、誇りに思っていました。担当工業デザイナーは私の上司でしたが、デザインの面白さ、やりがいは十分に受け取りました。
そんなクリエイティブな開発者はほんの数名ですがロッド開発者にも存在しました。彼らのおかげで、今私が生きていられてます。
思いを込めた革新的なモノづくりができるのは限られた人物。私は彼らに巡り会えたことが幸運でした。
私は車やバイクのメカは全くオンチですが、デザインの好き嫌いはあります。
こだわる気持ちもよくわかります。思いがぶち込まれたモノは、共感できる人にはたまらない魅力だから。デザインって面白いですね。
認知症の方とロータリーエンジンのお話しを読み進みつつ、そんなことを思い出していました。

2016/03/15 (Tue) 01:17 | REPLY |   

matt  

長文におつきあいいただきありがとうございました。

numassan さん

そちらのステキなお話もありがとうございました
なんか 人の人生に影響を与えたできごとって 刺激的です

オトコは こだわりって とても大事なことなんだと思います
生活の潤滑油でありスパイスであり

>思いを込めた革新的なモノづくりができるのは限られた人物

至極同感です 
それを形にできる仕事には いまだ ものすごく憧れがあります
いま私のやっている仕事は なかなか形に残せるようなものがありません

でも そんな中で 何をする?何ができる?
を 考えるきっかけとして ここにしたためたエピソードがあります

私も 彼に出会えたことはとても幸運だったと思っています


2016/03/15 (Tue) 20:51 | REPLY |   

Green Cherokee  

No title

mattさん、こんばんは。貴ブログでは初めまして!!
2016年始よりひょんなきっかけで貴ブログには気づいていました。それから時は過ぎ、随分と遅い初コメントになってしまいましたが、自分の中で勝手に決めたルールと共に、初コメントはこの記事に・・・と固く心を決めていました。
FDに纏わる素敵なお話、一字一句読み込みました。上質な短編小説を読んだ後のように目頭が熱くなりました。ロータリーに夢漕がれた老人、そして、既にカウントダウンが始まったその老人の残された時間に真っ向から対峙するmattさんの行動・・・ mattさんがたくさん頑張ってもその老人の記憶からきっと消え失せてしまうことを豊富な経験を通じて知っておきながら、それでも老人の消えゆく細胞や、いずれ灰になってしまう骨身に沁みるものが何か残せるのではないかと常に前に前に進むmattさん・・・涙なくして読めませんでした。
このお話を読ませて以来、何度かFDを眺める機会がありましたが、心の中で、『良い持ち主に手に入れて貰えて良かったね・・・』、ってひっそりと呟いていたことを、ここにComing outしておきます・・・ (^^ゞ
mattさんは、『Identity』って言葉がお気に入りですね。ちなみに、私も大好きです。他人とはかなり違うけど自分で信じて疑わないIdentity・・・ FDにもZacco FFにも惜しみなく愛を注ぐmattさんは本当に素敵だと思いました。
これからもお互いに末永くブログを続けて行きましょうね!!

2016/04/20 (Wed) 23:12 | REPLY |   

matt  

Re: No title

Green Cherokeeさん

コメント ありがとうございます。
こんな風に読んでもらえて光栄の至りです。
 それだけでも 書いた甲斐がありました。
ここであらためて文章におこしてみて、自分でもちょっとしみじみしてしまい...

アイデンティティ って 言葉 はとても大切にしています
 それが 生きているってことだと思ってますから(笑)

ぼちぼち 書きたいこと 書いていきます

以前 お話しましたが 私に万一のことがあったら うちの家族にこのブログのこと伝えてください(^^ゞ




2016/04/20 (Wed) 23:43 | REPLY |   

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