愉々しき雑録

愉な記憶を徒然な感じに残してゆこうかと

はじめての熊本は....

本ブログの “愉々しき”とはそぐわないが
 これも大事な日記として 記すことにする

6月29日
 仕事の関係で熊本に飛んだ
  これまで 熊本には縁もなく

 昨年から熊本の某高齢者福祉施設の方とfacebookでつながって
  そのうち その施設を見に行きたい希望はあったが
   まさか こんな形で 彼の地を踏むことになるとは

  今回は2泊3日の行程 現地滞在時間を稼ぐため
   羽田発のJAL始便
    熊本発の終便をチョイスした

414震災以降 初めは賑やかだった報道も今ではすっかりなくなり
 東京で その様子をリアルタイムに知ることは 
  知ろうとしなければできない状態となっている
311の時には津波夜被害が広範囲にあったことからも
 こんなに早くマスコミは収束しなかったと思う

そして 熊本では 自分が想像しているよりも大変な状況が
 今もそのままであることを 後に知ることになる


羽田に着くと 熊本へのフライトは 悪天候による条件付きの表示
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今日明日と熊本には大雨警報が出ている のはわかっていたが
一抹の不安とともに 乗機した

熊本までのフライトは順調
 しかし 着陸態勢に入って高度を下げた飛行機は滑走路直前で再上昇
  天候が不安定で着陸できないため 上空で様子見らしい

20分くらいの旋回の後 何とか着陸
 ずいぶん久しぶりの飛行機で これはちょっと焦る....
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着陸前 おそらく益城町あたり上空にて
 青く見えるのは 屋根からの雨漏りの備えブルーシートで簡易養生された家々
 この光景で ここが被災地であることをまずは実感することとなる

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現地は数日前から雨模様
  特に昨日からの降りは強烈
   この日も 空港でレンタカーを借りたが
    土地勘のない場所を運転するのをためらわれるほどの降り様
   車から降りることもままならない時もあった
    しかし まずはナビを頼りに 
   空港から熊本市内 益城町 御船町を少しまわってみる

 初日の今日 目的としているのは親交のある高齢者福祉施設の視察
  空港から車で40分ほどの場所だが
   移動に思いのほか時間を要した
    いたるところで川は大増水 大地震から約2か月のこのあたり
     まだまだその爪痕が色濃い街に 弱り目に祟り目のような....
   建物本体は 大きな損壊はないと話には聞いていたが
    建物自体に震災の影響を感じるような状態ではなかったので
     ちょっとホッとした
  
  しかし、ここでお話いただいた内容は衝撃的
    施設での前震発生からこれまでの様子をうかがい知ることができ
  自分の職場でここと同規模の震災が発生した場合は...
   のシュミレーションを考えた場合の 甘さをあらためて思い知る
   
  そして 倒壊し復興の進んでいない街並みと併せて  
    ここで被災した方々が 今どういう状況にあるのか?を案内してもらった
   
   そこで見た益城町の様子は 特に倒壊している地域がとても局所的な印象で
     熊本市内では熊本城の損壊こそ激しいが 
       震災の痕跡を探そうとしないと見つからないような状況まで回復している
     ように見えることなどがわかってきた
  
   やはり 自分の目で見て耳で聞くということは リアルを知るに
    本当に重要なことなのだと思う
  
  初日は そんな感じで一日があっという間にすぎた
   この夜 ホテルで過ごしているとき 余震があり それもやはりリアルだ 
 

2日目 6月30日
 ここに来るまでは 災害復興ボランティアセンターで活動するつもりでいた
  活動を考えていた場所は 益城町、西原村、御舟町のどこか?だった
 しかし この日は 午後から天候が回復する予報ではあるものの
   朝の時点で大雨洪水警報が発令されており 
    すべてのボランティアセンターがこの日の活動中止をアナウンスしていた

朝のうちは確かに雨がひどいが このままホテルで過ごすのも....

 ということで 熊本に続く地震の発生で
   風評被害を受けている 
     という話を聞いていた大分まで足をのばしてみることにした

 大分への経路は 阿蘇界隈を通過するルートを選択した

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 写真では暗くて見えづらいが電光板には余震多発注意が

結構な降りのなか阿蘇周辺では大雨による土砂崩れで通行止め
 ところどころ路面に大きな亀裂や 明らかな断層のズレを見ることができた
  上下1mはあろうかという地面のズレ なかなか衝撃的な画であるが
   民家の庭先だったり 車を止めにくいあたりだったり

 ナビのルートも通行止めで当てにならず
  途中霧にまかれ 方向感覚なくなったりと 大変な道中ではあった
目的地は 別府 と思っていたが 湯布院 に向う
 そこの主観光資産は  いわずと知れた温泉である

湯布院に着くと やはり人出が少ない ような気がした
 イメージしていたそこは たくさんの湯治客が行きかう街だったが...

 ここは 観光地への復興支援の意味でも 入浴と昼食をということで
 数ある風呂の中からチョイスしたのは 青い湯 をうりにする泰葉さん
  別府 湯布院といえばやはり青い湯は有名だし
P6300889.jpg  
そしてこれが
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泰葉さんの日帰り入浴用の浴室
コバルトブルーの....
とか書いてある記事も多いのだが 第一印象は青っぽい程度
 光の加減で青く見えるような感じ 
この日 日帰り浴室を使っていたのは自分だけだったので
写真を撮らせてもらった まぁ 写真では結構青く見える

他に日帰り入治のお客もなく貸切だし  泉質はいいのだが この浴室には露天はなし
 まぁ 貸切だったので 十分のんびりできたわけだが...

こういった泉質の温泉がこのあたりには結構あるので 未経験の方は是非
 災害復興を兼ねて 訪れてみていただきたい

観光地は本当に観光客が来ないことのダメージは計り知れない
 町の方に 観光客少ないですか? と聞けば みな一様に少ないと答えていた

昼食をとり終わったころには雨も上がっていた
 帰り道は 阿蘇周辺をもう一度
 阿蘇も多くの地震の爪痕を残してる
しかし 阿蘇山の外輪山を通ると
P6300919.jpg こんなところへ
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 そして壮大な景観
P6300911.jpg
ここは  自分の車で走ってみたい!
 と思わせるに十分すぎるロケーション 

こちらに来て 正直 少々暗い気分になっていたが
 それまでの雨天からのぞいた晴れ間 
  そしてこの景色は 気を晴らすには効いた


再び益城町に戻り 昨日案内してもらったあたりをもう一度
そして ここでは写真を撮らせてもらった

興味本位で撮っているように見られては気が引ける
 しかし これは教訓として学ばなければいけない現実でもある

ここで撮った写真の数々は 職場での防災研修の一環に使わせてもらう
 個人宅を撮ったものが多いので
  この場では 撮った写真の一部だけを
 2ヶ月たった今も 一番被害のひどい地域では手付かずに近い状態

P6290871.jpg            P6290867.jpg
建物の倒壊を防ごうとしたのか
 支えに積まれたブロック
   震度7を記録した あたりの倒壊状態は 現実を見ると恐怖を覚える

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橋の部分は 激しい段差を生じ 町のいたるところで道路が通行できなくなった
現在 街中は そういった段差の解消は施工済み
しかし 道路はうねっているし 各所に補修した跡がある
2か月たった今では 発災当時の惨状を想像するのはちょっとイメージしにくくなっているので
こんなものだと思ってはいけない 

P7010990.jpg             P6290831.jpg
最強震度計測地付近 神社の本殿も完全倒壊
 益城町再興の文字がここを興味本位で見てはいけない 気持ちをたかめる
  取り合えず通行できるように片付けられた道路も
 直後は 道路いっぱいに広がっていたのだろう

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そして 熊本城へも
  ここを再建することも 熊本復興の一つの象徴となるのだろう

P6300948.jpg 天守閣 遠目に見ると 被害の状況はピンと来ないかもしれない
 被災する前の様子は写真でしか見たことがなかったが
 この程度いうのか こんなにというのか...
 
 今日は 見てまわることが中心となったが これはこれで貴重な時間だった

 気になるのは ほんとに家屋倒壊が町の中でも局所的に散らばっていること
  そして 瓦を乗せた日本家屋が倒壊している状況が目立つことだった
 これから自宅を新築する方は ぜひ耐震・免震という設計を検討されたほうが良いと思う
 
 
3日目 7月1日は朝から快晴
 この日は御舟町のボランティアセンター(VC)で活動させてもらおうとうかがった
しかし 御舟町ではボランティアニーズの充足率が良いようで 
今日はすることがないかもしれないという

そんな話を聞きながら ボランティア活動登録を済ませるが
しばらく待ったが 声もかからず放置され状態
 益城町のボランティアセンターに連絡してみると
  今日のニーズについて まだ充足するボランティアの数が集まっていないとのことだった
 そこで 御船町のVC担当者に益城に行く旨を伝え移動した

益城町VC到着 
P7010979.jpg
こちらは ボランティアのさばきも慣れた感じ
 
P7010981.jpg       P7010974.jpg 

登録を済ませ オリエンテーションを受け
  すぐに 派遣先を紹介される
  午前は大学生だという方と2人で避難所の掃除へ
  午後はあるお宅のブロック塀の瓦礫撤去へ

 ボランティア活動の詳細は守秘義務もあるのでお伝えできないが
  ブロックを片付けていると そこの家主の方からいろいろお話をうかがうことができた
 やはり 東京で報道を見ているだけでは わからないことがたくさんある
       P7011001.jpg
  また機会を作って ここに来てみたいと思う
 

羽田行き 最終便
P7011009.jpg
家に着くのは日付が変わってからになる
 あわただしくレンタカーの返却をして 空港で夕食をと思ったら
  空港のレストランは いまだ閉鎖中であった

 とりあえず 売店でいきなり団子を買い求め夕食のつなぎにし
  併せて
お土産を買い込んだ

P7011012.jpg  熊本をあとにする

 
 自分は家へ帰れば それまでとかわらない生活を送ることができる
  しかし 被災地では 突然その継続を絶たれた方々が いまも不便と不安の中暮らしている

東日本の時も考えさせられることは多かったが
  今回はより深い話をうかがうことができたのは本当にいい経験となった

 と 安易に書いてはいけなのかもしれないし
 それを不謹慎と感じる人もいるのではとは思う

7月3日にこのブログを書き始め
 書き進めるうちに どうしていいかわからなくなったりもした
 それでも 自分でこの体験を風化させないためには
  記憶を想起する仕掛けとして 文書をしたためることが必要だと思った
  

 どこかの誰かの経験が  自分のくらしにも確実に影響する実感は忘れないようにしよう




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 こんな日もある

2 Comments

Green Cherokee  

mattさん、こんばんは。
写真の一枚一枚をしっかりと見つめながら、その惨状を改めて知ることができました。
私は、mattさんが安易に書いているなんて思いませんし、ましてや不謹慎だなんて絶対に思いません。
私のように出張ついでにちょっとだけ垣間見るのではなく、ちゃんと時間を作り自ら出向いて行かれたmattさんには心底敬服しています。
現実を知った人の使命と言えばかなり大げさですが、”風化させてはいけない”という気持ちになるのは私も同じです。ブログは自分自身が振り返ることができる場だと思いますし、できれば、わざわざ訪問して下さった方の中で私と同じような気持ちになる人が一人でも増えれば・・・と思いつつ書いています。
最後の締めのクダリ、私も忘れないようにしたいと思います。

2016/07/17 (Sun) 00:23 | REPLY |   

matt  

Re: タイトルなし

Green Cherokeeさん

励みになるコメントありがとうございます。

神戸の震災の時など 自分もまだ若かった
縁のない土地で起こっていることに思いをめぐらせることもできませんでした

やっぱり 意識が変わったのは311です
ほんと 自分にできることなんてたかがしれてますが
無関心でいてはいけないという思いは強くなりました

特に仕事柄 命を守る ことの重さは.....

きれいごと といわれればソレまでのことでしょう
かっこよくポンと高額な支援金を出すこともできません

まぁ 自分が無理なくできることを続けるのみです 

なにもしないよりいい と信じて


2016/07/17 (Sun) 11:14 | REPLY |   

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